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 賀川豊彦(1888−1960)は日本の近代化の過程で、社会の直面する諸問題を自らの身に負い、とりわけその中で苦しんでいる社会的弱者のために、生涯を捧げた人でした。

 1909(明治42)年12月24日、21歳の賀川は、当時日本最大のスラムの一つであった神戸新川に飛び込み、その後、13年半そこに住み、悲惨な現 実に打ちのめされそうになりながら、さまざまの救貧活動を実践するとともに、次第に、防貧の思想と実践を広く展開いたしました。労働者の団結権が認められ ていなかった時代に、労働組合の必要を訴え、貧しい小作農のために農民組合を創設し、さらに、協同組合運動の建設者・推進者としても、大きな影響を与えま した。
関東大震災のときには、本所にテントを張り、仲間らとともに、長期にわたり救援活動を推進しました。

 賀川はまた、昭和初期の数年間、かれの社会活動の根底をなすキリスト精神を広く伝えるべく「神の国運動」を国内外に展開し、さらに、敗戦直後には、「新日本建設キリスト運動」として精神復興運動のため全国行脚をしました。
 戦後には、また、尾崎行雄らと共に世界連邦運動を推進し、平和運動のリーダーとしても活躍しました。
 その多忙な生涯のなかで執筆し、大正期の大ベストセラーとなった自伝小説『死線を越えて』を初めとする多くの著作は、『賀川豊彦全集』(全24巻 )に収められています。
→ 賀川豊彦 略年譜



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